« 薬局にて(その2 ) | トップページ | ギターの弦 »

2007年3月18日 (日)

『車椅子から青空がみえる』 松上京子

静岡新聞にエッセイを書かれていた松上京子さんの本を2冊、

図書館で借りてきました。

バイク事故で脊髄を損傷して、車椅子生活を送りながら、単身アメリカ留学、

結婚、出産、カヌーに出会ってカナダのユーコン川を下ったというパワフルな女性。

なんと、私と同い年です。。

一体どんな強靭な精神を持つ方なのかと思って読み始めたら、「私は弱虫だ」と。

やっぱり、いきなりこんな風になれたはずはないんですよね。

事故にあった当初は、生きる意欲をなくして、泣いて、落ち込んで、神様を恨んで。

それでも立ち上がって前向きに生きはじめられたのは、

この方の真っ直ぐな心の持ち方せいじゃないかと思う。

ひねくれず、甘えず、謙虚に反省し、感謝すること。

障害のあるなしに関わらず、こういう方だからこそ、

周りに素晴らしい友人やパートナーに恵まれ、家族にも愛され、

いざ何かあったら、いつでも手を差し伸べてもらえる方なんだと思う。

彼女のご主人がまた良い。彼女曰く、マイペースでちっとも優しくない、らしい。

事故の直後、車椅子を前に呆然とする彼女に「よしよし」するのではなく、

「そんなもん、すぐ慣れるよ」とあっさり言われたらしい。

本に出てくる写真も、きっとこれがご主人なんだろなって思うんだけど、

寄り添っている写真は一枚もなくて、彼女の後ろの方にぼやっと写ってたり、

後姿で向こう向きに歩いていたり。。。

「そばにいてほしい」ではなく「そこらあたりにいてくれたらいい」関係なんだって。

そしてお母さんがまた良い。生きる意欲をなくしている娘に、

「手術代も入院費も払ったし、新しいベッドも買った。

お金かけたんだから、今頃死にたいとか言われても困る。

死ぬんだったら、事故の時にさっさと死んでおいてもらわないと。

色々使った分、元とってもらうから。」

泣いたり、落ち込んだり、悩んだりしながら、こういう人達に支えられて

少しずつ成長していく。健常者だって障害があったってそれは同じ。

私もこんな風に誠実に、うつむかず振り向かずに生きていきたいと思う。

|

« 薬局にて(その2 ) | トップページ | ギターの弦 »

コメント

今度図書館に行ったら読みたいです!!!!
では、お勧め本を二冊(え?)もし、忘れてるだけで前にも紹介した事あったり読んだ事あったらごめんなさい。

一冊は漫画です。でも、唯の漫画といって侮ってはいけません。凄い感動します。コレが月二回発行の雑誌に連載されていた時、私はもう続きが気になって仕方ありませんでした。
タイトルは、『アイシテル~海容~』。上下巻全十話です。
ちなみに帯で大体の内容わかります。
上の帯⇒『私の息子が殺された』
下の帯⇒『私の息子は人殺し』
…はい。被害者、遺族、加害者、その家族を描いた物です。ある日、小学一年生の子が殺害されました。逮捕された犯人は、小学六年生。これ、唯の事件じゃないんです。深いんです。
感動します、読んで見て下さい。遺族の長女美帆子と、私がシンクロしたんです。凄い被りました。

二冊眼は、手記。
『彩花へ~生きる力をありがとう』です。十年前に起きた、神戸児童殺害事件の被害者の母の手記です。
凄い感動します。殺された彩花ちゃんは本当天使の様な子で、母の京子さんも凄い前向きで頑張っている方で。
一度読んで下さい。

長々と、失礼しました。

投稿: 長月理恵 | 2007年3月19日 (月) 19時35分

松上京子さんの書かれる文章、とても好きです。
気づかされることも沢山あるし、共感出来ることも沢山。
それに文章がべたべた重くなくて、さらっと爽やかなの。

『車椅子から青空がみえる』は、事故から立ち直って、
新しい人生を切り開き、ご主人や仲間とユーコン川を
下るようになるまでのアクティブな話が書かれています。

2冊目の本は
『さよちゃんのママは車椅子』、こちらは一転、
車椅子のママの出産、2人の子の子育ての話。
これもまたいいのよ~。
前書きを紹介すると、
「挑戦することや夢を捨てたわけじゃない。
ただ、私は自分の足元にあるすごいことや幸せを見過ごさず、
きちんとそれをかみしめられる人でありたいと思う。
そうしないともったいないと思うのだ。」
「幸せはわざわざ遠くに探しに行くものではない。
幸せは自分の心で感じるものだ。
心をとぎすまし、きらめく時間を大切にしたいと思っている。」

お~最近の漫画はすごいのね、全然知らないです。
ありがとう、また教えてね。
『彩花へ』っていうのは、タイトルだけは知ってるけど。
そうか~、これも読んでみるね。
読みたい本がいっぱいあるのは嬉しいことだ~!

投稿: なかさな | 2007年3月20日 (火) 00時37分

それ、今度読んでみますね!基本的に小説にしか興味ありませんでしたが、最近は手記にも興味があります。
オオオ~~~良い前書きですね。

アイシテル、は、本屋に並んでいない気がします。事実、発売日をずっと楽しみにして、発売日になって楽しみにして行ったら無くって。諦めきれず二番目の本屋にも店頭に並んでいなくて店員に聞いたら、探してきてくれました。あった時は嬉しかったです。
被害者も加害者も、マスコミに追い詰められる。ある事無い事書かれる、闇が。子供が抱え込む、親も気付けない闇が書かれています。リアルだなって思ったのは、子供が死んでからは母親が狂いだして父親はそれを支える気丈な人、でも一番気丈なのは子供なんです。で、犯人が捕まってそれが子供ってわかった時、父親は怒りと憎しみをあらわにしますが、母親は冷静に、「私も母だから知りたい、何故そんな子に育ってしまったのか」と。
好きなセリフは犯人が補導された鑑別所かどこかの職員の「母親は万能じゃないんです」って言う台詞とか、遺族の親子のやり取りです。ああ、語りたいけどネタバレになります…

『彩花~』は…京子さんから少年Aへの手紙が感動します。
引用…よろしいでしょうか。
今はまだやめて起きます。

投稿: 長月理恵 | 2007年3月20日 (火) 21時22分

神戸連続児童殺傷事件、あの少年Aというのは
一体どういう子だったのか、
どうしてあんな事をする子になってしまったのか…
子供達の犯罪のニュースでは一番思うことです。

自分の子供時代はもうとっくに過ぎてしまったので、
やはり「もしこの加害者の親だったら」
「被害者の親だったら」って、いつも考えてしまいます。

彩花ちゃんのお母様はどういう道をゆかれたのでしょうか。
読ませていただきますね。

投稿: なかさな | 2007年3月22日 (木) 00時10分

アイシテルでも、加害者の親の葛藤が書かれていました。そりゃ、ニュースで事件が起きた事は知っていても、自分の子供が犯人だなんて夢にも思わないわけです。で、自分の子が犯人だと知って愕然…後悔と悔恨です。
私は今子供時代なので…うーん、普通は誰かを殺そうとか思わないんです。私は幼稚園時代蟻を殺す事も嫌いでした。蟻は頑張って生きているのに、それを皆踏み潰すから、嫌いでした。
それは別に誰に教わったわけじゃないんです…わかりません。

彩花ちゃんのお母さん…A宛の手紙が手記に記されていました。
引用、よろしいでしょうか。…一応書きます。


『最後にA君へ。
今、あなたに会いたい様な、絶対に顔も見たくない様な複雑な心境でいます。私達の宝物だった、たった一人の愛娘を、あんなかたちで奪い取ったあなたの行為を、決して許すことはできません。
母であるがゆえに、娘がされたことと同じことをしてやりたいという、どうしようもない怒りと悔しさと憎しみがあります。
その一方で、コレもまた母であるがゆえに、どんなに時間がかかってもあなたを更正させてやりたいと願う気持ちがある事も嘘ではありません。
一見、相反する感情が、私の心の中に同居していて、その割合の比率は日々同じではないまま、不思議なバランスを保っています。
もし、私があなたの母であるなら……、
真っ先に、思い切り抱きしめて、共に泣きたい。言葉は無くとも、一緒に苦しみたい。
今まで、あなたの眼は母である私を超えて、一体何処を見ていたのでしょう。私の声が貴方の乾いた心に届き、揺さ振る事はなかったのでしょうか。あなたが生まれてくる事を楽しみに待ち、大切に育ててきたのだと教えてきたでしょうか。思い切り抱きしめて、暖かい血の流れを伝えてきたでしょうか。
そして、あんな恐ろしいことをしてしまうまで自分を追い詰めて行く事に、どうしてもっと早く気付いてやれなかったのでしょうか。氷の様に冷たく固まってしまったあなたの心。その上、それを深い海の底に沈めてしまった。でも、深く暗い海底からそれを探し出し、丁寧にゆっくりと氷を溶かし、ゆったりとほぐす事が出来るのは親の愛しかない。とりわけ、母の愛が太陽の暖かさで包み込む意外に、道は無いと思うのです。
罪を罪と自覚し、心の底から湧き出る悔恨と謝罪の思いがいっぱいに詰まった、微塵のよどみもない澄み切った涙を、亡くなった二人の霊前で、苦しんだ被害者の方々の前で流すことこそ、本当の更正と信じます。
それまで、共に苦しみ、共に闘おう。あなたは私の大切な息子なのだから』

長くてごめんなさい…長いです、手紙。
京子さん…凄い良いお母さんだなと思いました。

投稿: 長月理恵 | 2007年3月22日 (木) 18時25分

京子さん、すごい方ですね。。
きっとたくさん苦しんで悩んで、
「許す」ことが出来るようになられたんでしょうか。

今日、図書館へ行ったので、
『彩花へ』予約してきました。

投稿: なかさな | 2007年3月24日 (土) 22時15分

図書館行く機会がありませんが、春休み利用して行きたいです。読みたい本は山ほどありますから。

ふと思ったのですが、酒鬼薔薇もいつかは結婚するんじゃないか、と。その時被害者遺族はどんな気分だろう、と。最近、コンクリート事件の加害者が結婚して娘二人いるって知って怒り狂った私です。もし自分の子供を殺した犯人が結婚して子供作ったら…うーん、私だったら納得気出ません。
京子さんならどうするだろう、と思いました。

投稿: 長月理恵 | 2007年3月25日 (日) 12時34分

自分が親になった時、
本当に愛する人が出来た時、
子供が自分の命より大切なものだと知った時、
過去に自分のやった取り返しのつかない事実に気づき、
人の痛みのわかる人間になって悔い改めてくれないかと…
理想かもしれませんが。

コンクリート事件、
あんな事の出来る人間(人間とは思えないが)は、
愛する事も愛される事も、
大切に思うことも大切に思われる事も、
一度としてなかった人達なんだと思います。

投稿: なかさな | 2007年3月25日 (日) 23時19分

はい、それには私も賛成です。だから、命の重さに気付き悔やんでくれたら良いのですが…コンクリ事件は全然違うんです。
事件の犯人は六人(正確にはもっと多いはずです)で、でもその内一人も賠償金を払っていなくて、一人の馬鹿親に至っては「被害者の所為で息子の人生狂った」といって被害者の墓破壊したとか…私だったら殺します、絶対。この事件は別です。遺族が犯人殺しても責める人いないと思います。
もしくは、会いに行って説得を続ける…逃げたら終わりですね。
事実、子供二人授かった犯人は居場所転々として逃げている様ですし。ハァ…。
唯の鬼です。

どちらにしろ子供の目線で考えた時、自分の親が人殺しだったら嫌ですが…。

投稿: 長月理恵 | 2007年3月26日 (月) 18時48分

理恵さん、詳しくちゃんと知ってるんですね。
とても直視出来ない事件です。
目をそらしていてはいけなんですが、
本当にそんなことがあるなんて、信じられない。
私には、どうしてそんな風になるのかが
全然わからない。。。

もし私がこの被害者の親だったら、どうするだろう。
(加害者の親になる想像は、する必要はない)
どうするだろう…、
どうするのが私にとって娘にとって、
周りの人にとって、相手にとって、一番良いのだろう。
わからないです。まだ、私にはわからない。
でも考えて、答えを見つけてゆきたいです。

投稿: なかさな | 2007年3月27日 (火) 23時50分

詳しくと言うか、色々ネットサーフィンしている内に辿り着きました。
あ、URL貼りましたけど、そのサイトも見て…。
私はこのサイトにしている事に反対はしません。未成年だからって殺人犯が守られる必要は無いと考えています。大いに糾弾されるべきです。少なくとも名前と顔くらいは公開して欲しいですよ。酒鬼薔薇はもう出所して何処かの県にいるそうですが…。

加害者の親の想像する必要なんて全くありません。そんなの親じゃありませんし、もし子供がそんなになったら…ああ、考えたくも無い。そんな事させない様にするのが親ですし。
本当、どうすれば良いのでしょう。
私、親の想像はできませんが、被害者の想像はして見ました。
私だったら…うーん…どうにか頑張って逃げます。彼女は犯人が寝ている隙に下へ降りて警察に通報したそうですが(でも気付いた犯人が「いえ、なんでも」と誤魔化したそうで)私はとにかく逃げるべきだと思いました。でも無理なら…殺して欲しいですよね。そして…うーん…
少なくとも、少なくとも罪悪感を背負って生きて欲しい…かな…うーん…生きて欲しいとは思わない気もしますが…
唯、身内にいつまでも悲しんで生きてほしくありません。いつまでもいつまでも泣いて欲しくないんです。それならちゃんと生きて欲しいです、身内には。犯罪者にもなってほしくありません。
以前母に聞いた事があるんです、もし自分が殺されたら私に犯人殺して欲しい?と。そしたら「馬鹿、何処の世界に子供に殺人犯になって欲しい親がおんの!」と。
だから復讐はしませんしいつまでも泣かず前を向いて生きたいです、子供がそんな眼にあっても。でも薄情って言われそうです。

今現在図書館に『ゆるすということ』と言う本を予約中です。ネットレビューを見て読みたいと思って。この本読めば、少しは答えが見つかるかな?と思っています。

投稿: 長月理恵 | 2007年3月28日 (水) 19時21分

理恵さんの書き込み読むたび、
真っ直ぐな性格の人だなって思います。

貼っていただいたサイトは、
日本では違法にあたる部分があり、
申し訳ないけどここは公の場なので、
編集させていただきました。ごめんなさいね。
でも、私の方にはちゃんと残してますので、
個人的に見させていただきます。
ひとつ読むだけでずっしりくるので…徐々にね。
理恵さん、これ読んだんだね…。

自分が被害者だったら、身内や犯人に何を望むか。
これは残された者が「どうするべきか」を考える時に、
原点にすべき考え方ですね。
答えを見つけるヒントになりますね、ありがとう。

罪悪感を持って生きてほしい、ほんとにそう思う。
反省もない人に死という裁きを与えるより、
罪悪感という苦しみを背負って生きてほしい。
心からの反省と謝罪、
生涯をかけての償いの気持ちを望みます。

ゆるすということ…ゆるすには強さが必要ですよね。
自分を傷つけた相手をもゆるすことの出来た時、
やっと自分の気持ちも楽になれるんだと思います。

投稿: なかさな | 2007年3月28日 (水) 23時53分

あ、はい。軽率な事してすみませんでした。

えっ!!!全然真っ直ぐじゃないです寧ろ何でこんな奴生きてんだって言う位自己嫌悪に陥る馬鹿です!何か脱線している様な気もしますが…真っ直ぐですか!?それを言うならなかさなさんは凄い暖かいお母さんです!

確かにいっぺんに読むと暗くなりますね。コレ全部読んで本当に怒り狂いましたから。犯人全員生き地獄味わえ!と。
私はまだ親になっていませんが、もし将来親になって子供が出来て、凄く可愛くて幸せな時に無残にも殺されたら…とにかく犯人と話がしたいです。でも当事者はそれどころじゃないんでしょうね。光市母子殺害事件の本村さんや広島女児殺害事件の遺族も犯人に絶対死刑を望んでいますし。本村さんの件の少年はもう二十五かぁ…話すって出来ないんでしょうね、今の法じゃ。私も、贖罪と反省、罪悪感を望みます。

なかさなさんに質問です。この前あるドラマを見ていて面白かったのですが、もし自分の子供が殺されて、そして犯人が無反省で笑っている時、何処からか「貴方の怨み晴らします」と言って値は張りますが自分の望どおりに犯人を始末してあげると言う組織が現れたら…そして、自分が頼んだ事とかは一切バレない、自殺か事故に見せかけられるとしたら。
なかさなさんは依頼しますか?私は…取り敢えず晒しては欲しいかな、と思います。この人はこういう事をしたんだ、と晒し者に。それくらいはして欲しいです。

ゆるす…なんか本のレビューにはこう書いてありました。
『許すの意味を履き違えていました』『許すって相手の行いを許すんじゃない、苦しみから解放されるんだ』と。
早く読みたいです。

投稿: 長月理恵 | 2007年3月29日 (木) 18時34分

バレなくても、犯人の始末は頼まないなあ。
実際にそういう目にあってないからかもしれないけど、
私は『怨みを晴らしたい』っていうより、
自分が取り返しのつかない事をしたってことわからせて、
罪悪感という罪を一生、科したいの。
出来れば、殺された人の生まれてから過ごしてきた人生、
皆に愛され、愛し、大切にされてきた人生をみせて、
それを壊した自分の行為の残酷さをわからせたい。
犯人の命より、犯人の後悔の涙が見たい。

人を憎み続けるということは、自分の人生も
辛く苦しいものにしてしまうものね。。

投稿: なかさな | 2007年3月31日 (土) 01時11分

おおお、なかさなさんの様な意見に出会えたのは初めてです。
だって大部分の人は頼みますよね…大金積んででも。
私もです。罪悪感を背負わせたいです。そして後悔の泪を流して欲しい。一生謝って欲しい。

はい、一度車の中でふと妄想にふけった事があるんです。私は昔から漫画とか読むとそれが脳内でドラマ化(?)したりキャラの気持ちになったりする癖があるんですけど、コナンや金田一の殺人動機は大部分が復讐なんです。
それでふと思ったんです。コナンや金田一は「○○がこんな事望んでいたと思うか!?」と言いますが、どうだろう…と。
さて、自分が、復讐を行った犯人の親だったならば。金田一のとある巻にあったんです、幼い少女の目の前で母親が見殺しにされて、それ以来少女はずっとずっと復讐を糧に生きてきたんです。
これ、私が母親の立場なら、復讐を望むより子供にいつも笑って生きて欲しかったかなぁ…と思います。自分の子供が、いつもいつも心が真っ暗で心から楽しめずずっと人を憎み続ける…絶対嫌です。親の立場から見れば絶対嫌です。私は感情移入が激しいですから。
心の底から愛した人が復讐企てた時も、やめて、と言いたいです、きっと。笑って生きて、と。
憎むと心の底から笑えない気がするんです。
そりゃ、死人がいるのに心のそこから笑ったら薄情って言われる気がしますけど。

投稿: 長月理恵 | 2007年3月31日 (土) 22時05分

金田一は、読んだことあるけど、テレビも見るけど、
どうもなんていうか、むなしさが残りますよね。。
コナンは子供が見てる間中、「んなわけないやろ!」
「んなことで人を殺すんじゃないよ~!」
などとつっこみながら(根が関西人なので)見てます。

理恵さんの考え方、同感です。

憎み続けることの方が簡単。
復讐を糧に生きることの方が安易だと思う。

こんなことには絶対負けない、
絶対もう一度笑ってみせる、
絶対幸せに生きてみせる、
絶対憎んでやらない、いつかゆるしてみせる…

そういう生き方の方が大変だと思うけど、
私はそちらを選びたいし、子供達にもそうして欲しいです。

投稿: なかさな | 2007年4月 1日 (日) 00時22分

特にコナンは動機がムチャクチャです。「そんな事で殺すな!」って言うのが多いです。金田一はまぁ…加害者は死んで当然のクズって言うのが多かったり。自分の保身の為とか馬鹿馬鹿しいのもありましたけど。
本当、親になった事以前に大人ですらないのによく感情移入してしまうんです。あたかも子供が出来た様な気分になって。

今はそう決意していても、でも不安ですね。
例えば、ウチに四歳の柴犬がいるんですけどこの子の事はもう命に変えてでも守りたいと言うか、凄い大好きで。思春期特有なのかは知りませんけど今年から受験で凄い不安に陥った時、家族の前では泣きませんけど犬の前では泣きます。そんな時ウチの犬はゴロンとねっ転がって腹見せて慰める形になるというか…その子がもし殺されでもしたらどうしよう、と。
冷たい憎悪が沸き起こるのを感じましたけど…取り敢えずは謝罪を求めます。
その子、人間が怒ったり泣いたりするのが嫌いみたいで。私が怒ってたり泣いたりすると気遣うような顔つきでその子も哀しそうな顔になりますから。犬なのに。
娘さんが亡くなった風見しんごさんも大変だろうな、と思います。「娘の為に憎まない」と言っていましたが。
絶対幸せに生きる、という強い生き方を選びます。

そういえば神戸児童殺傷事件の犯人から遺族の山下京子さんに謝罪の手紙が届いたそうです…むむう。

投稿: 長月理恵 | 2007年4月 1日 (日) 13時48分

大切なものや人が多いほど、
別れの時のどうしようもなく辛い経験が多くなりますよね。
殺されたりとかじゃなくても、
生きてる物はすべていつかは死んでしまうものだから。
だけど、そんな気持ちになるものが全くない人生より、
失くした時に涙を流せるような
大切な愛しいものが沢山ある人生の方が幸せですよね。

ちょっと話がそれました(^_^ゞ

神戸の犯人、
どんな謝罪の手紙を書けるようになったのでしょうね。
京子さんの心が少しでも癒されるものでありますように。。

投稿: なかさな | 2007年4月 1日 (日) 23時26分

確かに、大事な物程消えると辛いですよね。その人・物のいない生活に慣れない…その気持ちはよくわかるんです。結構経験していますから。
そんな時は本当に絶望しますし、私は落ち込むとトコトン下まで行きますから。でもそれでも乗り越えて生きたいものです。
唯、最近またおかしな事を考える病(?)が再発しといいますから。
例えば『自分は死んだのにお前が生きてるの許せない』みたいな事を考えたりするのでしょうか、ニュースで報道されたりしている亡くなった人は。何となくそんな気がして、何となく生きるのが苦しいというか、本当に私は考えなくて良い事まで背負う性質の様です。

神戸の犯人…どうなんでしょう。いつか結婚する時が見物です。しないと思いますけど。
歌詞引用、悪い事とは思いますが(じゃあするな)川嶋あいさんのCDカップリングにこんな歌詞がありました。
『人を許し生きる事で少し優しくなれるかな』
このワンフレーズが直ぐ頭に残って、メロディーも声も良くて、よく口ずさんでいます。
川嶋さんはこういう人生系の歌が多いのですが(タイトルだけで言うと『絶望と希望』『ありがとう』とか)彼女が歌うとより一層良いんです、って脱線すみません。
山下さんは、完全とまでは行かなくてもそれでも少しは許せて、それであんなに優しいわけで。
バスジャックに襲われ顔に傷を負った山口由美子さん(検索してみて下さい)も、最初から少年を怨んではいないそうで。寧ろ、刺されて出血多量になった時、自分が死んだら少年は人殺しになってしまう、と必死に生き延びた人ですから。顔に傷はありますし、写真を見た瞬間失礼ながらも息を呑みましたがそれでも怨まない、というのは物凄い優しいんだな、と思いました。
――人を許し、生きる事で少し優しくなれるかな
この言葉大好きです。

投稿: 長月理恵 | 2007年4月 4日 (水) 20時29分

――人を許し、生きる事で少し優しくなれるかな

良い言葉ですね。
自分が傷つけられても相手を許すというのは
弱い人間には出来ないことだと思います。
他人に優しい人は、本当はとても強い人なんだと思います。

山下京子さんの本、借りてきました。
読んでみますね。

投稿: なかさな | 2007年4月 6日 (金) 01時09分

ごめんなさい、『生きるだけで』でした。
――人を許し生きるだけで少し優しくなれるかな
でした、すみません。
でも、本当に良い言葉です。メロディーも声も。
許すと言う事は、簡単で難しい事なのではないでしょうか。
私も、自覚して他人や物を憎み、無自覚の内に許していた事があるんです。私は根が楽観的なのか、何日かずっと憎んで泣いても、ふとした瞬間に忘れている自分があるんです。あ、憎むの忘れてた。あ、気にしてなかった。あ、今凄い楽しい。
この感覚が『許す』なのかなぁ、って。

私は図書館に立ち寄る暇がありません…。むう。

投稿: 長月理恵 | 2007年4月 7日 (土) 21時59分

自分や身内に悪意を持って接する人がいて、
相手に本当に傷つけられた時、
その相手を許す事は大変なことだと思います。

でも自分の中で相手を許せた時はじめて、
自分の前にも道が開けて、
また歩き出せるんだと思います。

投稿: なかさな | 2007年4月10日 (火) 23時59分

すみません、返信遅れて。
確かに、相手に傷つけられた時は許しがたいです。
それでも、心の底からの謝罪があって、まだやり直せる時は許したいです。多分許せるのでは、と思います。

相手を許す事で初めて道が開ける…そうですね。
親になった時子供が理不尽に殺されたら、そういえるかどうかはわかりませんけどね、とりあえず犯人と話したいです。

アメリカでは大学で三十三人射殺ですって…凄く理不尽ですね。自分もしくは自分の身内が同じ目に遭ったら、不憫でなりません。犯人自殺しちゃったし…
犯人にはまだ生きていてほしかったです。死んで逃げるなんて。

投稿: 長月理恵 | 2007年4月17日 (火) 22時14分

アメリカの事件、ひどいですね。。
詳しい事はあまり報道されていないけれど、
それでも、新聞読んでたら泣けてきてしまいます。

今朝、長崎の市長さんの事件も知りました。
執刀医の先生が、手術中も憤りを感じたと
コメントを出されていました。。。

ご冥福をお祈りします。

投稿: なかさな | 2007年4月18日 (水) 17時58分

アメリカの事件酷いです。そして容疑者が韓国人…それが哀しくなりました。ていうか、何故??です。何故韓国人がアメリカ人を?確かにアメリカに苦しめられてはいたような…??
長崎市長死亡も…昨日の夜はまだ意識不明だったのが、今朝ニュースを見たら『死亡』で…びっくりしました。テレビ付けたら丁度そのニュースがやっていて。
ご冥福を本当にお祈りします。

『愛する』の反対は『無関心』と聞いた事があります。憎むと言う事は憎い相手に関心を持つ事。それは疲れる。
無関心でいよう、と。そういう意味だそうです。
ある事故で娘さんを失ったお母さんのブログに書いてありました。文章が心を打ち、泣きそうになりました。
失礼かもしれませんが、『有希 事故』で検索すればでます。

投稿: 長月理恵 | 2007年4月18日 (水) 21時34分

事件をおこした本人が死んでしまったら、
真実はなかなかわからなくなってしまいますよね。
被害者にとっては一番辛い結果です。
何のために殺されなければならなかったのか…

今の社会は心を病む人が増えています。
こうなる前に、何とかならなかったのかと。。

投稿: なかさな | 2007年4月19日 (木) 23時43分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/144376/14303243

この記事へのトラックバック一覧です: 『車椅子から青空がみえる』 松上京子:

« 薬局にて(その2 ) | トップページ | ギターの弦 »